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リストマーク おかん。 

2007年10月27日 ()
少しだけ、大人になったと思ってた。
自分で決断することが、すべからくかっこいいと思うようになっていた。

まだまだ未熟さを抱えたままだということに気付かぬほど、
ただただひたすら前を、未来だけを見据えて駆け抜けていた。


仕事でのミスは絶えない。
でも、それでももがき熱弁する様を決して誰も笑わない。

むしろ、じゃあどうやったらそれができるんだろうねって、
一緒に悩んでくれる上司に囲まれた職場は、最高にあったかい。


最高の選択。


今、自分の就職活動を振り返ってみても、
たしかにそう思えるこの「今」に僕は酔いしれていた。


priorityのつけ方が、少しずつ広いようで狭くなっている現状に、
まったく気付かずにいたことに気付かされる日が、ついぞ訪れた。


***** ***** ***** ***** ***** ***** *****


一昨日のことだった。

相変わらず目の前に積み重なる仕事に、
不器用にも全力で立ち向かう午後3時。

ぶるっと携帯が震えた。


    「メールでもきたのかな?」


なんて思って放置してると、その振動はいつもより長く続くではないか。


一本の電話。


おかんが倒れ、救急車で運ばれたことを告げる、
おとんからの電話だった。


おとんは平静を装うけれど、
その声には焦りが垣間見えた。



   「何してるんだ。
    早く行ってあげなさい!」



グループリーダーの許可をとり、
仕事を投げ出しおかんが運ばれた病院へと向かった。


GLの優しさが心に染み入った。
と同時に、得体の知れない不安に大きく心を揺さぶられた。



   「一気に血圧が上がった。
    水道の蛇口をひねった勢いで血が溢れ出てな…」



おとんの説明だった。


まだ弟は大学生。
息子の結婚も、そして自分の孫も見ないで死んでいいわけあるもんか。


そんな思いを口に漏らしながら、
目に涙を浮かべ車を病院に走らせた。


折りしも外は大雨。


激しく降り注ぐ雨が視界を奪い、
なかなかスピードをあげられないもどかしさ。


自分の身に起きてかつてないほどに深く感じた「親の大切さ」。


これまで幾度となく感じてはいたけれど、
今回はそれを痛烈に感じた。


親孝行はこれからだと。
そう考えていたからだ。


なんとか病院に着く。
その時、既に夕方6時をまわっていた。


おかんがいる病室は個室。
危険な状況を鑑みてナースステーション最寄の病室に運ばれていた。



病室のドアを開けると、
そこにはいつもより小さく見えるおかんの姿があった。



弱弱しく起き上がるその様を見て、
どうしようもない切さがこみ上げ、ひとすじの涙が頬を滴り落ちた。



   「大丈夫だよ、ありがとね。」



心に染み入る、昔懐かしいぬくもり。

子を思う母の気持ち、愛情をこの瞬間にぐっと感じた。
目にはずっと、涙が浮かんでた。


聞けば病院にかつぎこまれてすぐ、集中治療室におかんは運ばれた。


おとんも付き添いを求めるも、入室は許されず。
おとんを襲っていたその不安の大きさもハンパではなかったはず。


状況を聞くだけで胸がぎゅっと締め付けられた。


手術は成功。


その日は面会時間ギリギリまで傍にいて、
おとんと二人、家へと向かった。


その夜。


おとんと二人、家から歩いて30秒ほどの場所にある、
古びた田舎食堂に晩飯を食いに行った。


入店時間はもう遅く、さして料理は残っていない。


おとんと、息子。


おとんからしてみれば、何十年もの間待ち焦がれてたシチュエーション。


不安から完璧に解放されたわけではないけれど、
おとんの顔は、終始笑顔だった。



将来の話。
おかんとの馴れ初め。
弟のこと。
今後の家業の展望。



書き上げればきりがない。



いろんな話を腹割って話した。



いい機会だと思い、こんなことをおとんに伝えた。



  「俺はうちの家族に生まれて本当によかったと思ってるよ。

   自営業だから、ゴールデンウィークもろくに遊びに行けなくて、
   休み明けの学校がすごく嫌だった時もある。

   それでもさ、あの時の苦労があったから今の幸せがある。


    『やりたいことには何でも挑戦しろ、応援はしてやる』


   その言葉があったから、本気でやりたいことはやり尽くしてきた。
   それに対して、ほんとに本気で応援してくれたよね。

   心の底から感謝してる。


   何十年も前には、何の可能性も感じられなかったこの土地で、
   おかんと二人、本気でがんばって。

   そうやって、ほんとに他から認められるような結果を出したこと。

   すごくかっこいいと思うよ。

   忙しいのは分かるけど、健康も気遣ってな。

   まだまだ先のことだけど、俺が結婚して、孫ができて…って、
   みてもらわなきゃいけないもんがたくさんあるんだからさ。」


おとんは静かに聴いていた。


  「そうやな。
   ありがと。」



商社で働き見える世界は、なんだかすごくでかくて。
それがそのまま、自分の実力だと錯覚していたのかもしれない。


まだまだへなちょこなのに、ね。


自分の視野が狭くなってたんだなって。
そう思わされた。


あったかいもの。
心に染み入るもの。
自分の基本にあたる部分。
本当に大切にしていきたいもの。


いろんなもんを取り戻せた気がする。


まだまだ自分は未熟者。


本当に大切にしたいもんを、
ずっと大切にし続けていくための気付き。


おかんからの、
おとんからの、
思いがけない最高のプレゼントになった。


今日もおかんの看病に行ったんだけど、
びっくりするぐらいに元気になってた。


まだまだ無理してんだろうけど。




早く、おかんが元気になりますように。
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[2007.10.27(Sat) 07:08] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 手紙 

2007年08月04日 ()
   
拝啓。

    君の夢、志は元気ですか?

    社会の厳しさにやられて、

    「きっとできない…」なんて、

    言い訳してたりしてないですか?


    どんな場所であれ、

    人の心に火をつけ続けられる
    そんなスタンスを頑なに貫いて下さい。

                     敬具。

            2006.8.5 @三井タワー Cafe 8th




去年の夏、
今の自分宛に過去の自分が出した手紙。


ETIC.主催の「Cafe」ってイベントで書いたんだ。
(* cafe = Creative Action For the Earthの略。今年は今日開催)


正直、これを読んではっとした。


限界を決めるのは自分。
逃げるのは、いつも自分から。


どんな場所で、何をしてたって、
コアな部分で大切にしていたい想いがある。


未来のなりたい像は、
日々を経るごとに、経験を積むほどに、
少しずつ姿を変えていくけれど。


大体の方向は、
どうやら去年とは変わってないみたいだ。


きっと、
これってずっと変わらないし、
変えたくないなって思ったりした。


自分のこだわり。


自己分析、
ちゃんとできてたみたいです。



(参考)■「cafe」とETIC.のストーリー

   日本の農業/環境の未来を憂え、
   若きソーシャルアントレプレナーが逝った夏...
 
故吉持彰博さんは中央大学大学中の学生時代から、将来自分で事業を起
こしたい、という志を抱えて、96年くらいから、当時のETIC.の活動に積
極的に参加していました。


そこで、彼の持っていた食や農業、環境等への問題意識に対し、

「今の自分の力で、できること、アクションをおこせること」

ということで、
自ら選んだ会社で、インターンシップを1年間経験しました。


そしてそこで培った経験と人脈をもとに、卒業を待たずして、
有機野菜等の卸しや食品関連のコンサルティングを行う事業をはじめました。


既に何件かの取引先もあり、新聞でも取り上げられるなど滑り出しは好調でした。


その一方で、彼が事業を進め、業界の現状を知るにつけ、
彼の前に日本の食や農業の抱える危機的状況ばかりがクローズアップされてくるようになりました。

有機野菜の流通なども、このままでは、日本には品質を証明する認証制度もなく、
なによりも携わる当事者たちに事業としてのビジョンや戦略、そして夢がないことが
日本の農業の問題に思えました。


しかし、個人で事業を始めたばかりの若い彼に、
その問題は独りの力で立ち向かうにはあまりにも大きすぎました。


そこで、彼が取った選択肢はNPO(非営利組織)を立ち上げ、
ニュートラルな立場で多くの志ある力を集め、また次世代を担う人を育てていくことで、
当時の彼が生出しうる最大のインパクトを社会に与える、と
いう挑戦でした。


大学の卒業が決まった頃、既に彼は順調に進み始めていた自分の事業をなげうって、
彼にできる最善・最速のアプローチとしてまず「有機野菜
の認証団体の設立」「オーガニック農業インターンシップ実施」という
当面の二つの目的を達成すべく、志ある理解者のコラボレーションを促していく
NPO活動への取り組みを始めました。


志を定めて以来、彼の動きは驚異的で、3ヶ月ほどの間に栃木、静岡、京都、和歌山、
福岡、熊本、宮崎など、同志を求めて全国を行脚し彼と共鳴する有志の輪は
急速に広まっていきました。


その結果、夏を迎える頃には第一回の「オーガニックインターンシップ」
の宮崎の農家で8月16日から開催することが決まり、彼の戦略のファーストステップの
スタートまでこぎつけました。

そして、その開催を半月後に控えた1998年8月6日未明、交通事故死というかたちで、
全力疾走で駆け抜けた彼の人生は突然のピリオドを迎えました。


23歳の若さでした。


8月8日に行われたお別れ会(通夜)には、彼を偲んで、
300名以上もの学生やアントレプレナーが集まりました。


全国行脚でたった一度しか会っていない人たちも多数訪れ、
人の思いが持つ影響力の大きさに驚かされました。


彼の人柄、その生きざまがあまりにさわやかだったからか、お別れ会も不思議な場所になりました。


そこに集まった人たちは心から彼の死を惜しみつつも、
彼の生と死が自分たちに遺してくれたものは何なのかを、
むしろ前向きに語り合いました。


彼の分まで、今生きている自分に与えられた時間を大切にするためにも、
これからそれぞれがどう生きていくべきか、朝まで語り合いました。


信じられないようなさわやかな「お別れ会」でした。


志をあらたにし、大きな人生の転機の日になったという人もたくさんいました。

現在、日本において、経済はもちろん、環境、教育にせよ問題が山積しつつも、
閉塞感が漂い、皆が漠然とでも危機やを認識するなか、自らその問題意識を
行動に起こせる人は多くありません。


そんな中、私たちは、その取り組みがどんな分野であっても、
自分の責任で行動を起こしていける人、価値を生出していくと同時にその志を継続していける人を、
尊敬の念をこめて「アントレプレナー」と呼びたいと思います。


彼は、最後まで挑戦をやめなかったアントレプレナーでした。


彼の死から1年を迎えようという99年の夏、彼と親しかった仲間の間で、
彼の一周忌をどんなかたちで迎えようか、という話になりました。

そして、私たちにとって永遠に追いつくことのできない存在となってしまった彼の生きざまを思い、
また自らの襟を正す機会として、未来へ挑戦していく志のある人たちが集い、
新しいコラボレーションや、可能性を生出していく場を、毎年8月につくろう、
ということになりました。


ささやかでもそんな機会なら、志をともにできる、
彼を知らない新たなアントレプレナーとも共有できるんじゃないか。


そんな思いから、彼の志にちなみ、cafe -creative action for the earth- と題した交流会が始まり、
ETIC.が開催する夏の恒例行事となり、ETIC.のソーシャルアントレプレナー支援の取組みの源流となりました。



 
間違ったら反省する
 失敗したら再度挑戦する
 どんな荒野にも 歩いているうちに自然と道ができるものだ 
     魯迅
  (吉持さんが絶筆のノートに遺したメモより)



[2007.08.04(Sat) 07:10] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 「いいひと。」 

2007年06月14日 ()
こんばんわ。
のぶ@中国です。

こっちに出張に来てまだ数日ですが、
とりあえずお酒を飲まない日はなく。

こないだなんか

  「ピッグ」

って呼ばれて振り返ったら、
どうやら中国語でお尻のことをそう言うらしく。


会ってわずかな中国人にも、
そちらの方向でイジられたのかと勘違い。


確実にこれはその時期です。
ダイエット!帰国後がんばります。


そんな決意もどこへやら。
毎晩めっちゃ食べ(させられ?)てます。


ここ大連は海の幸に溢れていて、
むっちゃ安くてほんと美味い!


ウニなんて丸ごと生で15元(250円くらい)。
赤貝もそんな感じ。


そんなんやから、お腹がはちきれんばかりに食べまくり。
ってか、


  「若いんだから大丈夫、すぐ消化するから。
   私たちの分もぜひ!」


なんて言われて、
美味いこと断りきれず酒にご飯に溺れてます。


まぁ、しゃーなしやろ^^;


中国ビジネスは会食なくしてはありえず。
たった5人の宴会で、24本もビール空くって…。




まま。


そんなわけで元気にやってます。


ホテルの隣に無料で使えるジムがありますが、
そんな時間に帰ってはこれませんが。



今回の出張、現場に1人で飛び込んだってのもあって、
ほんとあれこれ感じるものがある。


紡績工場に1週間はりついて、
原料(綿)からどうやって糸ができるのかを体で覚える。

これが今回のミッションです。

かろうじて工場長は英語がちょろっと話せますが、
やはりそこは工場長。専門用語がずらっと並ぶわけで。

何度か挫けそうになりました。


その詳細はまた別途書くとして。


今回は中国人とのビジネスに関して、
ちょろっとだけ書いてみたい。



ご存知のとおり、中国人は情に厚い。
礼儀を重んじる。と同時に、ビジネスに厳しい。


飯を食いに行くような仲になったとて、
いざ商売となるととことん値切るし譲らない。


日本人だと


 「まぁいつも無理言ってるし…このくらいでいっか。」


なんてことは結構あるんだろうけど、
こっちではまぁそんなことはない。


プライベートでも付き合えるような「いい人」は、
ビジネスになると必ずしも「いい人」ではない。


ってかまー、程度の差こそあれ、
これって誰が相手でも同じなんだろうけど。


こっちは極端。


それであーだこーだ悩んでみて、
部長にメールをしてみた。


するとこんな一言が返ってきた。


 「酒を飲んで自分をさらけだし、それで合うか合わないかで、
  人脈形成が出来ていくと考えます。 

  ようは、人間性がもっとも大切。 
  但し、いい人だけの評価ではビジネスパートナーとは
なりません。 

  あくまで、友達の領域。 

  お互い、GIVE&TAKE出来る関係でなければそれまでです。

  (人間としてどうこうでは、ありません。
   あくまでビジネスの観点です)」


相手の要望をちゃんと見て、
それを受け止めどう動けるか。


いかに人脈にできるか。


なんでも工場長は次期社長候補。


残りあと数日。
勉強なんて必要ない部分で今、試されてる。



…こんな感じで書いたわけですが、
なんだかんだで言葉の壁もこえて楽しくやってます!


意外と工場の休職がうまい!
中国の家庭料理なんやけどね。


どれもこれも写真が撮れず残念!!


今週末に帰国します。



再見☆
[2007.06.14(Thu) 07:23] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 2浪の真実。 

2007年06月08日 ()
こんちわ。

なんだかタイトルが昼ドラっぽい感じですが、
内容はいたってふつーです。


最近、自分らしさをばっちり展開中@職場。


防戦一方だった小生も、
時折先輩をいじれるほどに。


成長!


そうそう。

こないだ部長に言われてハッとした。




 「お前は2浪して、普通の同期より2年余分に生きてる。
  だけど、定年は他の同期と同じなんだ。

  ってことはだ。

  お前は2年分の差を今から頭に入れて、
  そんくらい高い意識でがんばってかねーとやべーぞ。」




と。


たしかに。


加えて。


本日とある技術者(権威!)とお昼を食べた。
今度出張に行く中国の現場のお話を聞く。


むちゃくちゃ人間味に溢れるあったけぇ人。


そんな大先生のお言葉をここに記す↓
これ、大切な備忘録。


 ・センスが大切!
  
  話し方、聞き方、着こなし。
  そのあたり行き届いてる人は、仕事も同じクオリティ。

  一流は、点ではなく面である。


 ・何にでも全力で!

 ・悪いことといいことの線引きは自分なりにしっかりと。


まぁ、いろいろあったんだ。


だけど全部書き出したら睡眠時間をめっちゃ削ることになるので、
酒の肴にするとでもしよう。
[2007.06.08(Fri) 07:21] 未分類Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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